酒も好きだが、甘いものも好きだ。
急に上等のチョコレートが食べたくなり、名前だけは聞いたことのあるラ・メゾン・デュ・ショコラにネットで注文した。一番小さな、トリュフの袋詰め。
一粒のチョコレートで、こんなに幸せな気持ちになれるとは。持続数分とは言え、驚き。
Friday, December 29, 2006
Tuesday, December 19, 2006
山水画
フォーマットと言えば、山水画のフォーマットもすごい。
北京の瑠璃廠には、書画骨董の店が何十、いや恐らく100店以上も並ぶ。当然、あまたの山水画が掛けられているのだが、2、3万円も出せば、そこそこの絵はいくらでも手に入りそうな気がした。絵の前から動けなくなるほどの名品というわけではないが、わが家に掛けて一応満足できる水準には達している。
これも、前に書いたジャズと同様、フォーマットがよくできているからなのだと思う。ある程度の技量を持った画家なら、このフォーマットにしたがって描くと、それなりの絵にはなってしまうのだ。
一方で、そのレベルを突き抜けたものとなると、やはり少ない。瑠璃廠でも、うなるような傑作は一部でしかなかった(奥にしまわれている可能性はもちろんある)。少ない分値段も跳ね上がり、150万円とか、200万円とかする。
いい掛け軸があったら一点買ってもいいと思いながら行った瑠璃廠だったが、結局、そこそこのものはありすぎて一点を選ぶことができず、かと言って傑作にはとても手が出ず、何も買わずじまいだった。
そのかわり、別の形の山水画を買った。内画といって、小さなガラス瓶の内側から描かれている。許歩さんというアーティストの実演を見せてもらったが、瓶の細い口から先端の曲がった小さな筆を入れて描く。信じがたい技。
これも、山水画のフォーマットができあがっている分、技に神経を集中できるからなのではないかと思う。
内画の題材は山水に限らず、書、人物、動物、西洋名画のコピー等様々あるが、壷中天を生んだ国だから山水が一番と勝手に決めている。
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案内してもらったBさんが1日目に連れていってくれた王府井の工芸品店では、作品は色々あったが実演は見ることができなかった。翌日の瑠璃廠で初めて目の前で見、最も驚いたのは、なんということのない感じで描いていることだった。
内画の存在は今まで全く知らなかったが、これは、中国に行ったのは昨年が初めてという当方の事情が原因で、内画による工芸作品は空港の土産物店にも置いてあるポピュラーなものだった。
ネットで探したところ、関連情報は想像以上に多い。内画は色々な物に描かれているのだが、sniff bottleのコレクションとの結びつきが一番強そうで、sniff bottleで検索すると内画がたくさん出てくる。(sniff bottleには内画以外のもの、例えば外側に彫刻を施したものなどもある。)
北京の瑠璃廠には、書画骨董の店が何十、いや恐らく100店以上も並ぶ。当然、あまたの山水画が掛けられているのだが、2、3万円も出せば、そこそこの絵はいくらでも手に入りそうな気がした。絵の前から動けなくなるほどの名品というわけではないが、わが家に掛けて一応満足できる水準には達している。
これも、前に書いたジャズと同様、フォーマットがよくできているからなのだと思う。ある程度の技量を持った画家なら、このフォーマットにしたがって描くと、それなりの絵にはなってしまうのだ。
一方で、そのレベルを突き抜けたものとなると、やはり少ない。瑠璃廠でも、うなるような傑作は一部でしかなかった(奥にしまわれている可能性はもちろんある)。少ない分値段も跳ね上がり、150万円とか、200万円とかする。
いい掛け軸があったら一点買ってもいいと思いながら行った瑠璃廠だったが、結局、そこそこのものはありすぎて一点を選ぶことができず、かと言って傑作にはとても手が出ず、何も買わずじまいだった。
そのかわり、別の形の山水画を買った。内画といって、小さなガラス瓶の内側から描かれている。許歩さんというアーティストの実演を見せてもらったが、瓶の細い口から先端の曲がった小さな筆を入れて描く。信じがたい技。
これも、山水画のフォーマットができあがっている分、技に神経を集中できるからなのではないかと思う。
内画の題材は山水に限らず、書、人物、動物、西洋名画のコピー等様々あるが、壷中天を生んだ国だから山水が一番と勝手に決めている。
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案内してもらったBさんが1日目に連れていってくれた王府井の工芸品店では、作品は色々あったが実演は見ることができなかった。翌日の瑠璃廠で初めて目の前で見、最も驚いたのは、なんということのない感じで描いていることだった。
内画の存在は今まで全く知らなかったが、これは、中国に行ったのは昨年が初めてという当方の事情が原因で、内画による工芸作品は空港の土産物店にも置いてあるポピュラーなものだった。
ネットで探したところ、関連情報は想像以上に多い。内画は色々な物に描かれているのだが、sniff bottleのコレクションとの結びつきが一番強そうで、sniff bottleで検索すると内画がたくさん出てくる。(sniff bottleには内画以外のもの、例えば外側に彫刻を施したものなどもある。)
Tuesday, December 12, 2006
北京のジャズ
北京でジャズが聴けるバーというリクエストに対し、日本からの留学生M君が見つけてくれたのは「東岸CAFE FAZZ」。前海の東岸にある。
演奏したのは、このバーのオーナーでもある劉元(LIU YUAN)が率いるクインテット。
実にまっとうなメインストリームジャズだった。コルトレーンがシーツオブサウンズに至る少し前あたりの感じだろうか。5人とも、腕はしっかりしている。中でも、ドラムの切れの良さはかなりのものだった。欲を言えば、もう少し過激に走ってもらってもいい、特にリーダーでサックスの劉氏には。
M君のブログを読むと、なぜ北京でジャズを聴こうなどと思うのか、初め不思議だったようだ。
ぼく自身は、それほど考えもせず結構面白いかもと思っただけなのだが、後から考えるとこれは直感がうまく働いたと思う。
これまで海外ではニューヨークとサンフランシスコと上海でジャズを聴いた。いずれも多様な文化がぶつかりあう、喧騒と混沌の大都会。こういうところでこそ、いいジャズは生まれるということを、考えることなく、予感したのだろう。
ジャズというのは、フォーマットがよくできているのだと思う。このフォーマットがあるからこそ、ある程度の力をつけたプレイヤーなら、その中で好きなだけ創造性が発揮できる。
一方で、フォーマットにうまく合わせさえすれば、凡庸な演奏でもそこそこ聴衆を喜ばせることもできてしまう。
独創性を重んじているはずのアメリカであっても、そういう凡庸な演奏の方が実は多いのだと思う。これまでに何十年もジャズが演奏されてきた国であるがゆえに、意識の有無にかかわらず過去の名演の模倣になってしまう危険はある。聴衆の側も、ジャズとはこういうものだという理解があるがゆえに、それで満足してしまう者が少なくないだろう。
おそらく、北京はジャズの演奏、受容いずれについてもまだ若い。蓄積が少ない分、アメリカのベテランプレイヤーなら手馴れたフレーズでも、北京では1回1回の演奏にまだ試行錯誤的な要素があるのではないか。その挑戦的な気分が聴衆にも伝わり、場がホットになる。実際には50年代後半のアメリカで何度も演奏されたようなフレーズであっても、気分の高揚を覚えながら聴くことができたのは、そのためなのだろうと思う。
できることなら、世界史があまり経験したことのないようなスピードで自国の古い文化の破壊を伴いながら他国の新しい文化が入り込んでいる中国でこそ、今までどこにもなかったようなジャズを聴いてみたいものだが。
というわけで、劉氏のチャルメラを聴けなかったのも残念だった。
もう一つ残念だったのは、一部聴衆の態度。ステージに近いテーブルは概ね熱心なジャズファン風だったが、演奏お構いなしにおしゃべりを続け高らかに笑う若い女性グループも一、二あった。ニューヨークのバーにいても様になりそうな彼女らにとっては、ジャズはおしゃれな場を構成する要素に過ぎないのだろうが、客がこれではプレイヤーは突き抜けた演奏をする気にはなれまい。
演奏したのは、このバーのオーナーでもある劉元(LIU YUAN)が率いるクインテット。
実にまっとうなメインストリームジャズだった。コルトレーンがシーツオブサウンズに至る少し前あたりの感じだろうか。5人とも、腕はしっかりしている。中でも、ドラムの切れの良さはかなりのものだった。欲を言えば、もう少し過激に走ってもらってもいい、特にリーダーでサックスの劉氏には。
M君のブログを読むと、なぜ北京でジャズを聴こうなどと思うのか、初め不思議だったようだ。
ぼく自身は、それほど考えもせず結構面白いかもと思っただけなのだが、後から考えるとこれは直感がうまく働いたと思う。
これまで海外ではニューヨークとサンフランシスコと上海でジャズを聴いた。いずれも多様な文化がぶつかりあう、喧騒と混沌の大都会。こういうところでこそ、いいジャズは生まれるということを、考えることなく、予感したのだろう。
ジャズというのは、フォーマットがよくできているのだと思う。このフォーマットがあるからこそ、ある程度の力をつけたプレイヤーなら、その中で好きなだけ創造性が発揮できる。
一方で、フォーマットにうまく合わせさえすれば、凡庸な演奏でもそこそこ聴衆を喜ばせることもできてしまう。
独創性を重んじているはずのアメリカであっても、そういう凡庸な演奏の方が実は多いのだと思う。これまでに何十年もジャズが演奏されてきた国であるがゆえに、意識の有無にかかわらず過去の名演の模倣になってしまう危険はある。聴衆の側も、ジャズとはこういうものだという理解があるがゆえに、それで満足してしまう者が少なくないだろう。
おそらく、北京はジャズの演奏、受容いずれについてもまだ若い。蓄積が少ない分、アメリカのベテランプレイヤーなら手馴れたフレーズでも、北京では1回1回の演奏にまだ試行錯誤的な要素があるのではないか。その挑戦的な気分が聴衆にも伝わり、場がホットになる。実際には50年代後半のアメリカで何度も演奏されたようなフレーズであっても、気分の高揚を覚えながら聴くことができたのは、そのためなのだろうと思う。
できることなら、世界史があまり経験したことのないようなスピードで自国の古い文化の破壊を伴いながら他国の新しい文化が入り込んでいる中国でこそ、今までどこにもなかったようなジャズを聴いてみたいものだが。
というわけで、劉氏のチャルメラを聴けなかったのも残念だった。
もう一つ残念だったのは、一部聴衆の態度。ステージに近いテーブルは概ね熱心なジャズファン風だったが、演奏お構いなしにおしゃべりを続け高らかに笑う若い女性グループも一、二あった。ニューヨークのバーにいても様になりそうな彼女らにとっては、ジャズはおしゃれな場を構成する要素に過ぎないのだろうが、客がこれではプレイヤーは突き抜けた演奏をする気にはなれまい。
Thursday, December 07, 2006
2冊の本
読売の渡邉恒雄氏が日経の履歴書を書いている。氏については、大衆週刊誌等が提供してくれるままのイメージしか持っていなかったが、どうもそれは一部を拡大しているだけなのかもしれない。
兵役に就いていた終戦間際、理由も分からず短期帰宅を許された渡邉氏が兵舎に持ち帰ったものは、カントの「実践理性批判」とウィリアム・ブレイクの詩集だったとのこと。
哲学科後輩とは名ばかりで実際には全く哲学の勉強をしなかったぼくだが、これには少なからず感銘を覚えた。哲学を学ぶ者の鑑のような選択だ。カントのところはプラトンとかパスカルとか人によって選ぶものは異なるだろうし、ウィリアム・ブレイクのところはさらに幅が広がるだろうが、哲学書と詩集、これは究極の形だと思う。
ぼくだったらどうするだろうか。詩集はゲーテかなあ。詩ではないけれど、イタリア紀行もいいな。いや、やっぱりファウストか。それならいっそ、(恥ずかしながら)まだ読んだことのない、ダンテの神曲か。
哲学書の方は、この一冊という程読み込んだ本がないのだから情けない。少し枠を広げて哲学関連ということにすれば、ミンスキーの「心の社会」か、先日読み始めた"Emotion Machine"あたりだろうか。兵舎では目立ち過ぎてぶん殴られそうだが、独房なら1,2年色々思い巡らすのにちょうどよさそう。
兵役に就いていた終戦間際、理由も分からず短期帰宅を許された渡邉氏が兵舎に持ち帰ったものは、カントの「実践理性批判」とウィリアム・ブレイクの詩集だったとのこと。
哲学科後輩とは名ばかりで実際には全く哲学の勉強をしなかったぼくだが、これには少なからず感銘を覚えた。哲学を学ぶ者の鑑のような選択だ。カントのところはプラトンとかパスカルとか人によって選ぶものは異なるだろうし、ウィリアム・ブレイクのところはさらに幅が広がるだろうが、哲学書と詩集、これは究極の形だと思う。
ぼくだったらどうするだろうか。詩集はゲーテかなあ。詩ではないけれど、イタリア紀行もいいな。いや、やっぱりファウストか。それならいっそ、(恥ずかしながら)まだ読んだことのない、ダンテの神曲か。
哲学書の方は、この一冊という程読み込んだ本がないのだから情けない。少し枠を広げて哲学関連ということにすれば、ミンスキーの「心の社会」か、先日読み始めた"Emotion Machine"あたりだろうか。兵舎では目立ち過ぎてぶん殴られそうだが、独房なら1,2年色々思い巡らすのにちょうどよさそう。
Tuesday, December 05, 2006
大山子芸術地区
今回、北京に行った一番の目的がここ。現地では、「798」の名前の方が用いられているようだった。
元国営工場の建物にギャラリーやアーティストのスタジオが入っているというので、大型の建物数棟と思い込んでいたが、実際には、大小様々の建物群だった。エリアの規模は数百m四方というところか。去年行った上海の莫山干路の数倍はある。
エリアの隣りには企業の研究所、その先には普通の店が並ぶなど、物理的には日常の世界と連続しているのだが、やはりこのエリアの雰囲気は独特。
見た中で一番大きな建物は、屋根が印象的。三角状というか、断面が4分の1円の扇形に近い屋根が何列も並ぶ(写真がないと通じないな)、かつての工場。高い天井からの光と、壁の古び方がほどよい大空間。行った日には、展示の大部分は朝陽区の紹介パネル等(これはこれで面白かったが)。アートワークは一部だったが、壁をテーマに与えられた3人のアーティストの作品は、いずれも見応えがあった。一枚、買ってもいいなと思ったのもあったが、長さ4mほどあり、飛行機に持ち込めない。
「大山子芸術地区」の銘がはいった石碑近くの建物は、大小のギャラリーに区分されている。入り口にはカフェも。一つの小ギャラリーでは、文化大革命時代の写真展。「偉大的指導者毛沢東主席万才」等々と教室の黒板に書かれた前で、20代か30代の女性達が本当ににこやかに踊っている写真に、しばし見入った。自分達を初めて社会の表舞台に出してくれたという思いが、多くの農民にはやはりあったのかもしれない、貧しいことに変わりはなくても、などと考えながら。
別の大ギャラリーでは、女性の足をかたどった大きな立体作品。ニキ・ド・サンファルのようにまるまるとした足の先は纏足。足の広げ方自体はエロティックなのだが、コミカルな感じが先立つ。同じ作家による、女性性器を巨大化してバスタブにした作品も笑える。
少し離れた建物にあるギャラリーでは、毛沢東やアメリカのブランド(コカコーラ、マクドナルドなど)をモチーフにした作品が色々展示されていた。ぼくは、毛沢東をアートにする以上、当然批判的視点なのだろうという先入観で見ていたのだが、一緒に行ってもらったM君はそうでもないのではないか、逆に毛沢東に対する敬意のようなものが感じられるという見方だった。
このギャラリーだけでなく、ウォーホルを思い起こさせる作品がかなりあり、彼はこんなに偉大だったのだと今更ながら思った。
「江湖」というなかなかしゃれたレストランもあったが、フランス料理だというのでそこには入らず、小さな中国料理レストランで昼食。煮魚が実においしかった。
エリア内には美術書中心の書店もあり、そこで「798」という写真集を買った。このエリアの空間と、ここで活動するアーティストの姿が実によく写し出されている。
今回は3時間程度しかいられなかったが、1日たっぷり楽しめる場所。また是非来よう。
元国営工場の建物にギャラリーやアーティストのスタジオが入っているというので、大型の建物数棟と思い込んでいたが、実際には、大小様々の建物群だった。エリアの規模は数百m四方というところか。去年行った上海の莫山干路の数倍はある。
エリアの隣りには企業の研究所、その先には普通の店が並ぶなど、物理的には日常の世界と連続しているのだが、やはりこのエリアの雰囲気は独特。
見た中で一番大きな建物は、屋根が印象的。三角状というか、断面が4分の1円の扇形に近い屋根が何列も並ぶ(写真がないと通じないな)、かつての工場。高い天井からの光と、壁の古び方がほどよい大空間。行った日には、展示の大部分は朝陽区の紹介パネル等(これはこれで面白かったが)。アートワークは一部だったが、壁をテーマに与えられた3人のアーティストの作品は、いずれも見応えがあった。一枚、買ってもいいなと思ったのもあったが、長さ4mほどあり、飛行機に持ち込めない。
| From beijing061122-26 |
「大山子芸術地区」の銘がはいった石碑近くの建物は、大小のギャラリーに区分されている。入り口にはカフェも。一つの小ギャラリーでは、文化大革命時代の写真展。「偉大的指導者毛沢東主席万才」等々と教室の黒板に書かれた前で、20代か30代の女性達が本当ににこやかに踊っている写真に、しばし見入った。自分達を初めて社会の表舞台に出してくれたという思いが、多くの農民にはやはりあったのかもしれない、貧しいことに変わりはなくても、などと考えながら。
別の大ギャラリーでは、女性の足をかたどった大きな立体作品。ニキ・ド・サンファルのようにまるまるとした足の先は纏足。足の広げ方自体はエロティックなのだが、コミカルな感じが先立つ。同じ作家による、女性性器を巨大化してバスタブにした作品も笑える。
少し離れた建物にあるギャラリーでは、毛沢東やアメリカのブランド(コカコーラ、マクドナルドなど)をモチーフにした作品が色々展示されていた。ぼくは、毛沢東をアートにする以上、当然批判的視点なのだろうという先入観で見ていたのだが、一緒に行ってもらったM君はそうでもないのではないか、逆に毛沢東に対する敬意のようなものが感じられるという見方だった。
このギャラリーだけでなく、ウォーホルを思い起こさせる作品がかなりあり、彼はこんなに偉大だったのだと今更ながら思った。
「江湖」というなかなかしゃれたレストランもあったが、フランス料理だというのでそこには入らず、小さな中国料理レストランで昼食。煮魚が実においしかった。
エリア内には美術書中心の書店もあり、そこで「798」という写真集を買った。このエリアの空間と、ここで活動するアーティストの姿が実によく写し出されている。
今回は3時間程度しかいられなかったが、1日たっぷり楽しめる場所。また是非来よう。
Monday, December 04, 2006
北京の柳
| From beijing061122-26 |
柳がこんなにきれいなのだと思ったのは初めて。
柳を見たのは、北海の周りと、北京大学構内の大きな池の周り。人工の並木なのだろうが、よくある桜並木の直線と違い、池の端に沿う曲線が実に心地よい。北海は夏場はカップルのデートコースとして人気だというが、さもありなん。
日本でよく見る柳に比べ、一枚一枚の葉の幅が広いのだろうか、 重量感というと大げさなのだが、下に向かう力を感じる一方で、それを支える枝のしなやかさもより強く感じる。しだれる枝と枝の間隔も微妙に違うのか、あるいはこれも葉の大きさのゆえなのか、日本の柳は葉と葉の隙間を感じるが、北京では重なりを感じる。幹もずっと太い気がする。
総じて、日本の柳を楚々というなら、北京の柳は妖艶に近いか。
ところで、北京大学のキャンパス(西門側)は、ちょっと日本では見られないものだった。公園の中に、ぽつんぽつんと建物がある趣で、その建物が独特のデザイン。いかにも中国風というわけでもないのだが、欧米風とは全く異なる。大学が、自国の文化の伝統にきちんと根ざした場であるべきことを、黙って示しているようだった。日本には、これだけの主張をもったキャンパスがあるだろうか。
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