Tuesday, December 12, 2006

北京のジャズ

北京でジャズが聴けるバーというリクエストに対し、日本からの留学生M君が見つけてくれたのは「東岸CAFE FAZZ」。前海の東岸にある。

演奏したのは、このバーのオーナーでもある劉元(LIU YUAN)が率いるクインテット。
実にまっとうなメインストリームジャズだった。コルトレーンがシーツオブサウンズに至る少し前あたりの感じだろうか。5人とも、腕はしっかりしている。中でも、ドラムの切れの良さはかなりのものだった。欲を言えば、もう少し過激に走ってもらってもいい、特にリーダーでサックスの劉氏には。

M君のブログを読むと、なぜ北京でジャズを聴こうなどと思うのか、初め不思議だったようだ。
ぼく自身は、それほど考えもせず結構面白いかもと思っただけなのだが、後から考えるとこれは直感がうまく働いたと思う。
これまで海外ではニューヨークとサンフランシスコと上海でジャズを聴いた。いずれも多様な文化がぶつかりあう、喧騒と混沌の大都会。こういうところでこそ、いいジャズは生まれるということを、考えることなく、予感したのだろう。

ジャズというのは、フォーマットがよくできているのだと思う。このフォーマットがあるからこそ、ある程度の力をつけたプレイヤーなら、その中で好きなだけ創造性が発揮できる。
一方で、フォーマットにうまく合わせさえすれば、凡庸な演奏でもそこそこ聴衆を喜ばせることもできてしまう。
独創性を重んじているはずのアメリカであっても、そういう凡庸な演奏の方が実は多いのだと思う。これまでに何十年もジャズが演奏されてきた国であるがゆえに、意識の有無にかかわらず過去の名演の模倣になってしまう危険はある。聴衆の側も、ジャズとはこういうものだという理解があるがゆえに、それで満足してしまう者が少なくないだろう。
おそらく、北京はジャズの演奏、受容いずれについてもまだ若い。蓄積が少ない分、アメリカのベテランプレイヤーなら手馴れたフレーズでも、北京では1回1回の演奏にまだ試行錯誤的な要素があるのではないか。その挑戦的な気分が聴衆にも伝わり、場がホットになる。実際には50年代後半のアメリカで何度も演奏されたようなフレーズであっても、気分の高揚を覚えながら聴くことができたのは、そのためなのだろうと思う。
できることなら、世界史があまり経験したことのないようなスピードで自国の古い文化の破壊を伴いながら他国の新しい文化が入り込んでいる中国でこそ、今までどこにもなかったようなジャズを聴いてみたいものだが。
というわけで、劉氏のチャルメラを聴けなかったのも残念だった。

もう一つ残念だったのは、一部聴衆の態度。ステージに近いテーブルは概ね熱心なジャズファン風だったが、演奏お構いなしにおしゃべりを続け高らかに笑う若い女性グループも一、二あった。ニューヨークのバーにいても様になりそうな彼女らにとっては、ジャズはおしゃれな場を構成する要素に過ぎないのだろうが、客がこれではプレイヤーは突き抜けた演奏をする気にはなれまい。

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