Saturday, August 23, 2008

DIALOG IN THE DARK

真っ暗な部屋の中を、視覚障害者のサポートを受けながら、グループで歩くワークショップに参加した。
http://www.dialogue-in-the-dark.com/
ドイツで始められたもの。日本でも何か所かで行われるようだが、私は、学士会館で体験した。

初めに盲人が実際に使っている杖を渡され、持ち方、動かし方を習う。これだけが頼りなのかという緊張感を少し覚える。
暗幕をあけ、部屋に入ると本当の闇。全く何も見えない。サポーターの明るい声がはっきり聞こえなかったら、すくんでしまってほとんど動けないだろう。こちらへという声に促され、ほんの少しずつ足を前に出す。杖をやたらに動かすと、近くにいる参加者の杖にぶつかる。ごめんなさいというお互いの声が、少し緊張を和らげる。
何に触ったとか、足元がどうなっているとかを声に出して言いなさい、しゃがみこんで床を触ってもいいけれど、その時は誰それしゃがみますと言いなさい、そうしないと近くの人が知らずにぶつかって転ぶから、等と開始前に教えられたことを、みんな忠実に実行。みんなの声が近くに聞こえることが、何よりの安心であることをしみじみと感じる。

数分も立つと、結構慣れてくる。音の来る方向、距離が実によく分かることに驚いた。近くであれば声だけを頼りにサポーターの所まで行けるし、他の参加者がどの辺にいるかも分かる。鳥の声は、右後ろこの方向のあの辺で高さはあそこあたりとか。
床に敷き詰められている葉や藁などの匂いも強く感じる。

慣れるに従って課題も少しずつ難しくなり、丸木橋を渡ったり、つり橋を渡ったり、ブランコに乗ったり。橋はどう考えても1.5m位しかないのだが、靴に触れる面が湾曲しているだけで不安は増すし、わずかであろうつり橋の揺れも怖いほど。
最後は、真っ暗なカフェで椅子を探して腰掛け、グラスをもらって飲み物を注いでもらい、それを飲みながら参加者同士感想を述べ合った。

その時自分や他の参加者が述べたのは、視覚が働かないことの怖さ、聴覚や嗅覚がこんなに働くということに対する驚き、他者との協力の貴重さの発見等であった。サポーターからは、初めはみんなの歩幅はとても狭かったがだんだん広くなったという指摘を受けた。見えなくても彼には分かるらしい。また、彼に尋ねたところ、部屋の中の様子は既に完全に頭に入っているので、声をかけられればすぐに駆けつけられるとのこと。(ちなみに彼は杖を持たずに歩いていた。)視覚障害者の空間把握というの一体どうなっているのだろうか。

終わってから考えたこと。われわれは視覚があっても光がなければ何も見ることができない。生まれた時から光のない世界で生きてきたなら、視覚を持っていることにすら気づかないだろう。
同様に、実はわれわれは別の感覚を持っているにもかかわらず、それを働かせる条件となる、視覚における光のような何かがわれわれの周りに欠けているために、その感覚に気づいたことがない、という可能性もあるのではないだろうか。
オカルト的なことを述べるつもりはないが、理論的にはあり得ることだろう。
 
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