| 千里を照らす 「一隅を照らす」は父の座右の銘で、知事在任中は色紙を出されると好んで「照于一隅」と書いていた。和歌山に帰ってきてから、何軒ものお宅で「お父さんに書いてもろたんや」と色紙、額などを見せていただき、長く持っていてくださったことに感激したものだった。
| ![]() (上)父が書いた「照于一隅」の額 (下)最澄自筆の山家学生式の一部。 左から2行目の下に「照千一隅」とはっきり書かれている =2000年8月18日の毎日新聞夕刊から | |||
Sunday, June 26, 2011
千里を照らす (大橋建一)
未来のためのアート@いわき市立美術館
吉田重信、蔡國強、宮島達男、河原温の作品。来場者が少なく、一人でじっくり作品に向き合うことができた。主催者にとっては残念なことだろうが、鑑賞者には最高だ。
吉田重信は初めて。樹木に光を照射した写真が新鮮だった。展覧会のHPに載っている作品は、実際は動画。車窓から撮影したボルドーの景色らしい。色を限定することによって新しく見えてくるものがあることに気づく。
http://www.city.iwaki.fukushima.jp/kyoiku/museum/011557.html
蔡國強の大きな作品は、ビジュアルとしても魅力的だが、参考展示されていた資料を手掛かりに全ての言葉を読み込んでいったらさぞ面白いだろう。
宮島達男はデジタルカウンターでは比較的初期のもので、すっきりとコンセプトも伝わってくる。二列を、直交する壁に数十センチの高低差をつけて配置し、しかも一列は倒置させた。宇宙の果てまで行って戻ってくるメビウスの輪か。
河原温は、あれだけをぽんと置かれても、初めて見たらちょっと困るだろう。
6月30日まで。無料。
朝鮮磁器の線
茨城県陶芸美術館で見た「石井コレクション 東洋陶磁の華」展は、「明・清・朝鮮・有田を中心に」が副題。有田も素晴らしかったのだが、明・清・朝鮮の後では、うーん、かなわん、という印象。展示された有田が日常の器中心だったこともあると思うが。
特に、今回は、朝鮮磁器に見入った。器形が、もうこれしか無いというもの。よく見るような花瓶であっても、この曲線がほんの1ミリ内側でも外側でもいけないのだろうという線なのだ。
それでいて、厳しさや冷たさは感じさせない。凛として、しかも、温かいのだった。
Wednesday, June 22, 2011
午前4時の入浴
多めの晩酌で酔いが回り、昨夜は風呂に入らぬまま眠りに落ちた。暑さで寝苦しかったせいもあるのか、3時過ぎに目が覚めてしまい、起き出して雑誌の流し読みをするうちに4時。そっと浴室へ。
そこにはまだ薄い闇が残っていたが、電灯を消して、ぬるめの湯に浸かった。光がゆっくりと増していく。
どのくらいそうしていたのか。さーっと明るくなった。日の出なのだろう。


