Monday, August 21, 2006

ベストセラー

ベストセラーをあまり読まない。自分の心理を分析すると、みんなが読んでいるから読まなくてはみたいな動機は格好が悪い、ということになるのだろう。考えてみればくだらない話なのだが、なかなか気持ちは変わらない。

それが、珍しく、先日まとめて3冊買った。図書カードを貰ったからという言い訳を自分にしつつなのだが。
結果は、3冊中2冊は読んでよかった。読むべき本だった。1冊は、読まなくてもよかった。

読んでよかったのは、『国家の品格』と『千円札は拾うな』。読まなくてもよかったのは『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』。

『国家の品格』で藤原氏が言っていることには、ほぼ全面的に共感した。もともと考えていたことに一致したことも多少あるが、大部分は、うまく考えがまとまらなかったことについて、見事に言ってもらって有難かった。論理の権化とも言うべき数学者が、論理以前を問題にすることに説得力がある。論理そのものについても、長いステップの論理を人間は胡散臭く感じるから短いステップに引かれてしまう、しかし、それも実は危険だ、という指摘など、大いに頷いた。それにしても、はっきり物を言う人だ。

『千円札は拾うな。』は、そこまではできないよ、ということが多いのだが、ああ、そういう発想をすべきなんだなと教えられることが多々あった。例えば、残業はするな、週休3日にしろ、そうなると今までのやり方ではできなくなるから新しい仕事のやり方を考えるようになる、とか、優秀な部下にはあまり仕事をさせず新しいことに取り組ませろとか。これで著者が、宣言どおり40億円のビジネスを捨てて100億円の新たな仕事を創造できたら、信奉することにしよう。

さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』は、無意味な本ではない。さおだけ屋が潰れない理由の解明を初め、経営に関するいくつかの指摘は面白かった。ただ、読む時間に見合うだけの中身はない。まして、これで会計学への第一歩になるかというと相当に疑わしい。出版社サイドがリードして作った本かなという気がする。


ベストセラーと言えば、まだ数万部段階の時に読んだ『病気にならない生き方』がミリオンセラーになったらしい。こうなると、食品業界への影響も多少は出るのだろうか。ミラクル・エンザイムなどの仮説に基づくもので、科学的検証に耐えられるのかは分からないが、少なくとも、毎日水を2リットル飲むようになり牛乳をやめてしまった自分の体調はなかなか良いから、日本全体でもミネラルウォーターの売り上げが伸び牛乳の売り上げが落ちるかも!?。

Thursday, August 17, 2006

Last.fm

音楽の好みはその人の何たるかを表す結構重要な要素である、また、音楽の好みが同じ者同士は気が合う可能性が高い、少なくとも話のきっかけはつかみやすい、という考え方は今日では一般的なのだろう。プロフィールに音楽の好みを書くように なっているブログサイトは多いし、Livejournalなどでは、今何を聞いている、という書き込みがフォーマット化されている。

この考え方にたってユーザーを引き付けようとするサイトの最先端がLast.fmだと言っていい。
なんと、曲名を自分で打ち込むまでもなく、ただ音楽を聴いていれば、今何を聴いているかがサイトに自動登録されるし、今週誰の曲を一番聴いたかレーティングも勝手にしてくれる。「この曲が好きだ」というマーキングとか、音楽についてのコメントなど、少し詳しい情報は自分で打ち込むようになっているが、簡単なことだったら全く手を使わなくてもこのサイトは自分の音楽の好みを世界に向けて発信してくれてしまう。この仕組みさえできれば、あなたと同じような音楽の好みを持っているのはこの人です、と示すことなどこれまでのSNSで開発された技術を使えばたやすいことだ。

自分の活動を常時モニターされているという捉え方をすれば、これは大変なことの筈なのだが、音楽という範囲の中ではあまり抵抗感がないことには我ながら驚いた。これが、例えば、「今見ているもの」だったりすると、世界中に公表されて恥じない目の動きをしているか、全く自信がない。まあ、音楽でも、こんなもの聴くのかと思われたくないものも少しはあるが。(そのときは、自動登録機能を停止すればいい)

その抵抗さえなければ、Last.fmが提供してくれることに対してはポジティブな驚きしかない。今、この瞬間に、Cesaria Evoraを聴いている世界の中の誰かを教えてくれるなんて、1年前にだって想像もできなかったことだ。

このようなことが可能になった一つの要因は、明らかにデジタル化だろう。音楽が一番デジタル化しやすかったということだ。今食べているものの自動登録なんて、どう考えても無理そうだ。

もう一つの要因は、音楽がパッケージ化されているということ。そして、ほぼその延長上のことだが、パッケージに名前がつけられているということ。Last.fmは、音の流れを分析して曲名やアーティスト名を判断しているわけではない。CDからiTunesに曲を取り込むと、たいていの場合曲名やアーティスト名も自動的に入力される。Last.fmはその情報を使っているにすぎない。

音楽以外でこのようなことが可能なのは映像だが、映像版のLast.theaterはそう簡単に成功しないような気がする。一つの問題はパッケージのボリュームが大きいから、そもそもiTunesのようにばんばんPCには取り込めない。また、映画一本を見るには時間がかかるから、「今これを見ています」情報がなかなか更新されない。音楽なら、知り合いの動きを見ていて、「お、今度はこれか」、「マリア・カラスの後にビリー・ホリデイを聴くとは変な奴だな」というようなライブ感があって楽しいが、映画ではこうはいかない。

もっと大きな問題は、パッケージ化された映像を見ることは、嗜好の伴う視覚経験の中のごく小さな一部としか我々が思わないことだろう。今見ているDVDはあなたの視覚的な嗜好を相当程度示していると言われたら、かなり抵抗があるはずだ。音楽も聴覚経験のごく一部でしかないが、嗜好を示す上では代表的な位置を占めると言われてもさほどの違和感はない。
(意識的な聴覚経験の非常に多くの部分である言葉の聴覚は、音楽とは全く異種の経験として切り離されて専ら記号処理の方に区分され、嗜好が云々されるのは音楽のような聴覚経験に限られるからなのだろう。)

Friday, August 11, 2006

Cesária Évora

時々飲みに行く洋風居酒屋TのBGMは、肩の力が抜けたラテン系が多く、つい気持ちよく飲みすぎる。有線かと思ったら、マスターが自分で選曲してCDに焼いているとのこと。
先日も、不思議な心地よさの曲がかかっていた。「誰が歌ってるの?」と聞いたところ、Cesária Évoraの名を教えてくれた。
それ以上は尋ねることもなく、ブラジルかカリブ海のどこかの歌手かと思ったが、後でwebで調べるとアフリカのケープ・ヴェルデ諸島という所の歌手だという。
http://www.caboverde.com/evora/evora.htm

素面で聴くと、これは大変な歌手だ。今まで自分の好きな女性歌手としては、Billie HolidayとMaria Callasを挙げてきたが、そこに一人加えることになるだろう。

本当に不思議な声。柔らかいような強いような。曲によっても随分違う。
比較的単純なリズムにゆったりと乗っていて、気楽に聴けるのだが、おそらく失恋の歌だったり、つらい経験や民族の歴史に触れる歌だったりするのだろうという気がする。底抜けの明るさにならない、何か悲しみのエッセンスのようなものが底に流れている。
Billie Holidayのトーチソングに通じるものを感じる。

Last.fmに記載。

Saturday, August 05, 2006

Marvin Minsky

ミンスキーの"Interior Grounding, Reflection, and Self-Consciousness"を読んだ。

ミンスキー健在!
AIは夢か幻だったように見る風潮もあるが、ミンスキーは微塵も揺らいでいない。脳という複雑極まりないものの機能を、あくまでもphysicalに説明しようと試み続けている。

彼に言わせれば、「意識」のような言葉は、まだ説明できないものを押し込めるスーツケースのような言葉だということになる。
「赤さ」や「甘さ」の感覚についても、physical termsでは説明できないという考え方に真っ向から反論する。ミンスキーによれば、それらは、basicでirreducibleなのではなく、それらの感覚を生み出す脳の働き方について、我々がまだよく分かっていないだけなのだ。感覚は単純なものだという捉え方は誤りで、脳内の様々な活動が複合して生まれるものだと彼は見る。

You look at a color and see that it's Red. Something itches your ear and you know where to scratch. Then, so far as you can tell, that's all there seems to be to it; you recognize that experience—and nothing like "thinking" seems to intervene. Perhaps this is what leads some people to think that the qualities of such sensations are so basic and irreducible that they will always remain inexplicable.

However, I prefer to take the opposite view—that what we call sensations are complex reflective activities. They sometimes involve extensive cascades in which some parts of the brain are affected by signals whose origins we cannot detect—and therefore, we find them hard to explain. So, I see no exceptional mystery here: we simply don't yet know enough about what is actually happening in our brains.

それにしても、Emotion Machineはいつ出版されるのだろう。draftが出てから2年ぐらいたっているんじゃないだろうか。
 
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