14日に、日展を見た。20年ぶりぐらいか。
あまりに巨大で、見る喜びと見る苦しみが拮抗するような展覧会なので、ずっと行ってなかったが、必要あって。結局、体力切れで、日本画、洋画以外はまともに見なかったが。
一つ収穫があった。
絵画を描くというのは、ある意味で、平面を埋める作業なのだ、ということに思い到った。
審査を受けている作品、つまり、日展の役員や会員でない恐らくセミプロ画家の作品の中には、素人目にも、おや、そうなのかなあ、と思うものがある。その「おや」の元を探ると、何点かに共通したのは、人物画の背景だった。
なぜ、背景のここに、このモチーフを描かねばならないのか、突き詰めていないように思えるのだ。極端に言えば、彼らの思いの殆どは人物を描くことにあって、背景は、埋めねばならない平面として描かれているのではないか、と。
人物画にとって、背景は不可欠だ。人物の部分だけ切り抜いて壁にかけたら、かなり奇妙だろう(現代アートにはあるだろうが)。
なぜ不可欠か。
仮説。
そもそもは、立体感を生み出すため。もとより作り物、虚構である絵画を、あたかも実在に近いものとするためには、平面において立体を感じさせる必要がある。(初めから立体である彫刻には、背景はいらない)
to be continued.
Tuesday, November 16, 2004
Saturday, November 06, 2004
銀座
Yと。
KIHACHIで昼食。オードブル2、魚1、肉1をシェア。
やや似たような味を注文してしまったが、総じて満足。
特に印象に残ったのは、オードヴルのフォアグラのフレッシュさ。ナッツやフルーツの使い方の巧みさ。ドレッシングのさりげないうまさ。甲州ワインの燻香。
キッチンの見えるカウンター席。指示が飛び交う喧騒とは程遠いことに驚き。オーダーが入った時点でリーダーらしき人物が一言言うのみ。皆黙々と動いている。作業工程がよく設計されているということだろう。
和光。店員の対応がいい。柔らかく、必要は十分に満たし、過度でない。
交詢社ビルのバーニーズ。1階の洒落具合は、いかにもニューヨークテイストで、思わずにんまりしてしまう。
KIHACHIで昼食。オードブル2、魚1、肉1をシェア。
やや似たような味を注文してしまったが、総じて満足。
特に印象に残ったのは、オードヴルのフォアグラのフレッシュさ。ナッツやフルーツの使い方の巧みさ。ドレッシングのさりげないうまさ。甲州ワインの燻香。
キッチンの見えるカウンター席。指示が飛び交う喧騒とは程遠いことに驚き。オーダーが入った時点でリーダーらしき人物が一言言うのみ。皆黙々と動いている。作業工程がよく設計されているということだろう。
和光。店員の対応がいい。柔らかく、必要は十分に満たし、過度でない。
交詢社ビルのバーニーズ。1階の洒落具合は、いかにもニューヨークテイストで、思わずにんまりしてしまう。
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