Marvin Minskyの"Emotion Machine"を読み終えた。年頭には4月末までに読み終えるという目標を立てたのだが2ヶ月以上遅れた。そもそも、この本に向かう日が少なかった。読みやすいとはいえやはり原書、ある程度の気力がないと本を開く気にならない。平日はほとんど読まず、週末も疲れている時には手を伸ばさなかった。半年がかりとは情けないが、ともかく読了できたのだからよしとするか。
分からない単語を推測で読み進んだところ、文意を取れないまま先に進んでしまったところも多々あり、内容の理解は6割程度というところだろう。それでも、これは極めて重要な本だと言い切れる。
2000年以上数多の哲学者が迷い込んだ道からの出口が、ここにあるのではないか。十分にそう期待できる。そこを出て新たに進む探求の道も途方もなく複雑で険しいことは、ミンスキーの示唆する通りなのだろうが。
ミンスキーは、この本を後輩研究者たちに捧げるヒント集として企図したようであり、明解な結論というものはない。語られているのは多くの仮説であるが、実に豊かな仮説である。数学におけるヒルベルトの問題のように。
従来simpleだと考えられていた心の働き、例えばfeelというようなものも、実は、多様な働きを一つの言葉で表現してしまっている、そこから迷妄が始まるとミンスキーは喝破する。Iとかselfとかconciousとか、みんなsuitcase wordなのだと。
都市においては商業、消防、教育、交通、上下水道等々の多様な機能が同時に働いている。それが様々な仕組みによってある程度統率されているからといって、都市にselfがあるというだろうか、ミンスキーはそう問うのだ。
脳について理解するには、多様な働きを一つ一つ解きほぐすしか道はないとミンスキーは考える。原始の生命においては環境に対し反射するだけだったものが、環境の変化に対応するために脳は進化を続けた、その結果我々の脳は、異なる方向を目指す複数の動きがあるときにそれらを統御する仕組みとか、一つの働きが脳全体を占領してしまう危険を避ける仕組みなどをも備えている。(こう書くとフロイトだって言っていることのようであり、実際にフロイトもかなり引用されているのだが、ミンスキーはフロイトが説いた心の働きも、脳というmachineの中の細々した様々な働きが多層的に組み立てられたものとしてさらに徹底的に解明しようとしている。)
こういうことまで含めて一つ一つを解きほぐし、その関係を明らかにするしかないのだ、それをselfとかの言葉でくくってしまうのではmagicを残したままであり、scienceではない、というのがミンスキーの姿勢である。
そして、本当に脳を理解するには、我々自身がposthuman brainを作るという試行錯誤を繰り返す中で、様々な発見をしていくしかないというのが、AIの父ミンスキーの結語である。
脳の探求というテーマを離れても、家庭教育(というかそれ以前の、親の子に対する態度)が脳の発達に与える決定的な影響についての部分は、印象的だった。こういうことを意識すると、親というのは実に大変なものなのだった、今さら手遅れだが。
そう遠くない時期に、もう一度読もう。次は7割理解できるだろう。"Society of Mind"も今度は原書で読もう。それぞれを何度か読み、関連する論文をいくつか読めば、ぼくの脳、心に対する理解はだいぶ進むと思う。そしてそのことにより、哲学がテーマとして取り上げなくてもいいことと取り上げるべきことの整理も多少できるのではないか。そうなったら、だいぶ安らかに晩年を過ごせそうだ。
Sunday, July 08, 2007
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