2月11日、根津美術館のコレクション展最終日に、那智瀧図を見た。
予想通り、会場の最後の部屋に、一点だけこの絵が展示されていた。かなり落とした光に目を慣れさせることも含め、それまでの展示は、全てこの絵を見るための準備だったのだ。
部屋に入った時、数メートル先にあるその絵は、7、8人の背中に覆われ上の方しか見えなかったが、ちょっとした動きで、滝の全体が視野に入った。ポスターやテレビで知っていたその滝を知覚した瞬間、ああ、知っている通りだと思うと同時に、いや、あるいはそれに先立って、眼の奥が熱くなった。美に対するのとはまた異なる反応が自分に生じたことに、さほどの不思議も感じなかった。
一週間前に身近な人を彼岸へ送ったという個人的事情が背景にあったのだろうが、何かその時の自分には、崇高なもの、生死を超えた永遠のものを求める思いがあったように思う。
滝はまさにそのようなものとしてそこに現れた。
掛け軸の左右の中心に、上から下へ描かれた、白い、まっすぐな、少しずつ幅を増す形。周りには薄暗い森。初めに目に入るのはそれだけなのだ。それがなぜ、ほとんど瞬時に、自分のこのような反応を生み出したのか。
何か秘密を解く鍵が見えてくるだろうかと、何度も近づき、また少し離れを繰り返したが、もとより分析的に理解できるものでもないのだろう。ただ、木々の枝や葉、建物などが、かなり緻密に描きこまれていることが分かり(照明の関係で解説の写真のように鮮明ではないが)、そのこととこの絵全体の存在感は無関係である筈がないとの思いを持った。
もう一つ強く感じたのは、滝の水の不思議なありようだった。不動の動とでも言おうか。描かれた滝は当然止まっている、水は落ちていない、はずなのに、しかし、その滝は明らかに落ち続けているように感じられる。しかも、永遠に落ち続けるものとして感じられるのだ。
また、類似の構図が前室に合った事を思い出し、確認に戻った。善光寺縁起絵。阿弥陀三尊の位置と形が、滝と同じようだった。背景の暗さと中心の輝きのコントラストも。那智瀧は、神仏と等しい信仰の対象として、阿弥陀仏のように描かれているのだと確信した。
再び那智瀧図の部屋に戻り、改めて静かに全体に向き合った時、右上に描かれた月が、これまでになくはっきりと見えてきた。その時、すっと分かった。この月は彼岸なのだ。阿弥陀来迎図の浄土なのだ。滝は、浄土から現世に来迎した仏なのだ。滝の落ちる所は、木々が茂り、人が生きる現世なのだ。
しかし、では、同じ構図で同じモチーフを同じような色合いで描けば、滝は仏になるだろうか。多少近づくことはできるかもしれない。しかし、きっと、この那智瀧図の高みにまでは到らないであろうことには確信が持てた。なぜなのかはうまく答えられないのだが、例えば、平等院の阿弥陀如来が一体しかないように。
今回の展覧会に私は、風景画は霊性を持ち得るかという問いを胸に臨んだ。答は、然り、であった(それがどこまで一般性を持つものなのかは措いて)。不動の中に永遠の時を現出させている点では、あるいは実際の滝以上に霊性を感じるものかもしれないとさえ思う。故に画家は描き、写真家は撮すのだろう。
