展覧会を山にたとえるなら、シャネル、バレンシアガ、サンローラン等々の服をマネキンに着せ、モノクロで撮影した写真群が、この展覧会の頂上部と言えるだろう。スペースも相当部分を占める。一点一点じっくり見た。ファッション史に名を残す人々は、なんとも個性が際立っている、突き抜けている。しかし、それだけではないと思える。彼らは、単に美しくかつ人目を惹く服をデザインしようなどという次元ではなく、ハダカの祖先が毛皮を纏って以来の歴史に新しい衣服の意味を付け加えようとした人たちなのだ。例えば、三宅一生のプリーツに、鮮明にそれを感じた。三宅、山本、川久保は、そういう文脈で、欧州の巨匠と並ぶ高峰となったのだろう。 三宅のプリーツ一枚だけでも、写真家としての杉本の凄さが分かるが、杉本は写真家の枠に収まる人ではない。しかも、アーティスト杉本博司はとても親切で、頂上以外の到る所に見どころを用意してくれている(あの垣根の面白さ!)。それらを辿ることによって、頂上だけでは十分には分からない、杉本の意図がさらに見えてくる。 私には、杉本文楽「曽根崎心中」で用いられたという文楽人形が、本展で最も印象的だった。エルメスのスカーフをお初の着物に使う発想は、レンブラントのエッチングを掛け軸にするのと同様、杉本の真骨頂。なるほどこういう情念にはこの模様かと思う。杉本文楽、再演されたら今度こそ見たいものだ。 本展の目録は「秘すれば花」。秘すれども、秘するがゆえに、本質が現れる。 美術館を訪れたのは、東京では桜も見納めという頃。庭が花弁に薄く覆われ、この日限りの装いだった。 http://www.haramuseum.or.jp/jp/common/pressrelease/pdf/hara/jp_hara_pr_Sugimo...
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