Tuesday, February 12, 2008

サラ・ジー展

銀座のメゾンエルメスでサラ・ジー展を見た。
http://www.tokyoartbeat.com/event/2008/5A4D

2フロアの3分の2は吹き抜け、途中にエレベーター、半透明の正方形のガラスが通り側一面に並び、それに沿って5本(見えるのは4本)の丸い柱が立っている空間。作品は、その空間でのインスタレーションだ。

初めてこの空間に入ったアーティストは、当然にその物理的な空間を見たのだろう。そこに、物理とは原理の異なる力を加えて再構成した空間、というのが、このインスタレーションを見ての第一印象だった。
物理的には壁と柱で支えられ、天井と床の間の隙間を生み出している空間、そこには目には見えない押す力や引く力が働いているわけだが、サラ・ジーは別の力学をそこに加えて見せたのではないか。
部屋の一番奥にある柱を、タオルや枕を積み上げた柱状の物に置き換え、そこから荷造り用のロープやテープ、糸などを張り巡らす。ロープは滑車を経て段ボール箱などをつり下げている。日常生活の要素が生み出す、新しい押す力と引く力。力の均衡。もともとの物理的な力のバランスに新しいバランスが加わって、エルメスの空間は全く新しい空間、いわば次元を一つ加えた空間のようだ。

「生活」というのがこの作品のキーワードの一つであることには誰も異論はないと思う。並べられているのは衣食住そのものである。印刷業者が使うような色見本カードなどもあるが、作者にとってはこれも日常生活に違いない。
その、生活が、空間になる。生活空間ではない。生活というものを空間として、独特の力学が働く空間として見るのだ。
わけの分からないことを言っているように思われるかも知れない。自分でも、自分の印象が突飛かもしれないという思いはある。実は、このインスタレーションを見る前に、立ち読みをした本がある。ダニエル・タメット「ぼくには数字が風景に見える」。著者は共感覚の持ち主で、例えば我々には無味乾燥な数字の羅列であるパイも、彼にはビジュアルな線の流れとして感じられるのだという。だから彼は、風景を目に焼き付けるようにしてパイを2万2000桁覚えることができた。
歯ブラシ、タオル、枕、段ボール箱、ピーナッツ、電球、扇風機、等々の生活要素が、単に生活要素として見えるだけでなく、一種の空間的な力(重力や斥力や磁力のように)を持っているものとして感じられ、それぞれの力がうまく働き合い、均衡(静的とは限らず動的であってもいい)するように配置していったら、この作品ができた。そんな見方をしてしまったのである。

もちろん、作品には色々な見方がある。ぼくの同行者は、時間の流れを感じたという。そう思って見直すと、確かに、ここには積み上げられた時間、そこから滔々と流れていく時間がある。あるいは逆向きに、日々のささやかな流れが大きな流れを生み出し、やがて塔のようなモニュメントを創造するに到ったと見ることもできるだろう。

また、当然、銀座のメゾンエルメスという、富の象徴のような社会的意味を帯びた空間に、何気ない、穏やかな日常を展開し、豊かさの意味を問うているのだと見ることも可能だろう。

あるいは、ぼくの同行者が驚喜していた作品の細部、例えば、少し傾けて床に立てられた、青い点つきナッツを刺したピンの集まり、というようなところにこそ、作者のエネルギーの相当部分が封入されている、というようなこともあるのかも知れない。
そういう色々な見方ができることが、この作品の大きな魅力だと思う。

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読み返すと、サラ・ジーのこの作品の固有性が殆ど書けていない。インスタレーション一般に当てはまることばかりだ。しかも凡庸。
本来、大幅に書き直すべきなのだろうが、きちんと直せる見込みもない。この作品に対した時のぼくの視点が、そもそも個を捉えきれないようなものだったような気もする。
情けないが、このまま晒しておく。

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