Monday, March 08, 2010

機械と感情(2)

M.ミンスキーに言わせれば、どんなに複雑であろうと、人間もまた機械であるとして扱うことに何ら不合理な点はない、ということになるだろう。人間に機械ではない要素を求めることの方が不合理であると。全ての要素とそれらを組み立てるための全ての規則さえ与えられれば、人間は組み立てられるのであって、そこに神秘的な力を持ち込むべきでないと。

もちろん、機械は初めから必要な能力を全て備えているとは限らず、学習によって獲得される能力があるということを、ミンスキーも否定しないだろう。否定しないどころか、その学習のプロセスこそAIの最大のテーマだろう。

では、感情を持つという能力は、機械が学習によって獲得できるものなのだろうか。
例えば、侮辱されて怒るという感情を持つためには、自分が侮辱されているという状況認識が必要である。そのためには、侮辱に用いられる言葉や、その言葉がまさに侮辱と理解される文脈といったknowledge baseが必要だろう。そこに、侮辱している人の表情などを加えればより認識の精度は高まる。
これなら、もしかすると、機械とAIの組合せでできるのではないか?人間が「今のは侮辱だぞ」ということをそのたびに機械に教えてやり、機械の方はAIを用いてknowledge baseを拡充していく。そして、侮辱されたと判断した時の自分の行動はプログラムしておく。もちろんそのプログラムは、侮辱の程度や状況を勘案するようにしておかないと、些細なからかいに対して拳銃を撃ったり、着飾った客人ばかりが座っている食卓をひっくり返したりしてしまう。

しかし、それでは、十分なknowledge baseと適切なプログラムに基づき、侮辱に対してもっともな怒りを見せるようになった機械は、感情を持っていると言えるのだろうか。

(続く)

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