日常言語と科学言語の違いという点では、「光」などは最たるものだろう。
「もっと光を」という時は「もっと明るくしてほしい」ということなのであって、そこには光の粒子とか波動とかにつながるイメージはなかったはずだ。
しかし、それならなぜ「明るい」という言葉とは別に「光」という言葉があるのか。
「光」と言ったときには光源を意識している、ということだろうか。光源があって、それによって明るくなっているこの場所がある。光源からここに到達する何かがある、それを光と呼ぼう、というようなことか。
だが、その「光」は見えていないのだ。少なくとも、光源からこの場所へ移動してくる物としての光など誰も捉えたことはない。
音であれば、音源とこことの中間点を決め、そこに音が到達するのはここに到達するより早いことが確かめられるだろう。しかし、秒速30万kmの光についてはそれは不可能だ。
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