Tuesday, June 09, 2009

「哲学ノート2」メモ

指定(指示)機能について
・ニュータウンに住む5歳のA君が、幼稚園の友達B君に「今度の日曜日にぼくの家においでよ」と誘ったとする。B君に「うん、行くよ。Aちゃんのうちはどこなの」と聞かれ、「富士見ヶ丘ニュータウンのね、入り口の脇に車がとめてあって、それから小さなポストがあって、ベランダに花がある家だよ。」と答えたとする。B君は、「分かった。じゃあ日曜日に行くね」と約束するだろう。
・日曜日に親の運転する車に乗せられたB君は富士見ヶ丘ニュータウンまでは難なく辿り着いたが、A君の説明のような家がたくさんあるのを見て、困惑する。結局B君の親がA君の親に電話をすることになるだろう。
・A君の親の説明は色々考えられる。「ニュータウンの入り口から入って3番目の交差点を右に曲がり、2つ目のブロックの中で、一つだけ屋根が赤い家があります。」とか、「このニュータウンはブロックごとに名前がついていて、ここは、サクラです。ブロック毎に住宅に番号が振られているので、サクラの17を探して下さい。」とか。

・家を特定する表現は実は難しい。多くの場合、あるエリアには似たような概観の家が並ぶからだ。ニュータウンにはニュータウン風の、農村には農村風の家が。
・ニュータウンに一戸だけ茅葺きの家があったら、特定するのは簡単だ。
・結局、指示にとって必要なのは、他の個体との差異である。
・何番目の角を曲がって幾つ目というような表現は、全ての個体に空間上の特定の座標を与えることにより、人工的に差異を設けることである。ブロックの名前と住宅の番号をつけることも、人工的に差異を設けることである。
・(どちらが優れているかは、ケースバイケースというしかないが、京都もニューヨークも座標と固有名を併用していることを見ると、座標的指示だけでは何か人間には不便があるのかもしれない。)

・あるブロックに固有の名前をつけることは言語の方法そのものであるし、座標や固有番号による特定も、記号を用いるという点で、言語の方法を拡大適用していると言える。
・われわれ人間は、対象を特定するためにこのような言語ないし拡大言語を用いることに慣れきっている。それ以外に対象を特定する方法などあるだろうかとさえ思う。しかし、対象を特定することは、言語的方法によらずとも可能である。
・例えば、犬も猫も、何キロも離れたところまで遊びに行ってしまっても、ちゃんと飼い主の家に帰れる。
・これは、景色やルートについての何らかの記憶なのだろうか。
・犬の場合は、臭いによって対象に辿り着く可能性も高いだろう。B君の飼い犬にA君の臭いを覚えさせれば、ニュータウンに降りたところから臭いを辿ってA君宅に行き着くかもしれない。

・ヒトは、嗅覚という対象を把握する直接感覚が衰えてしまったがために、記号を介して対象に辿り着くしかなくなったとも言えるのではないか。

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