・音の世界もまた、圧倒的に豊かである。
・散歩をしていて聞こえる様々な音。見えないけれど前の方から電車が近づいてくる。まだ、かなり離れている。これも姿は見えないが、真上よりやや左後方、それほど高いところではないところで鳥が鳴いている。一点に止まっているわけではないが、大きく旋回しているわけでもない。何か危機を察知しているといった声ではなく、平時の声。足下では水の流れる音。人工の小さな水路が見えているが、そこの音だ。仮にその水路が見えなくても、これが大きな川でないこと、急流でもないことなどは明らかな音。
・音は、それが何の音であるか、どこから発せられているのかを我々に示している。
・さらに、電車の音は、そちらに近づいては行けないことを我々に示す。アフォーダンス理論では、近づいては危険であることをアフォードしている、ということになるだろう。
・平和な小鳥の囀りは、我々にそのまま穏やかな気持ちでいていいことをアフォードするが、これが数羽のカラスのけたたましい鳴き声であったら、もしかしたら手にもった食べ物が狙われるかもしれないから警戒すべき状況であることをアフォードするだろう。
・言葉の発生において、この、音のアフォーダンスが大きな意味を持っていると考えられる。
・音がアフォーダンスを持つのは、我々の生活場面においてその音が独立に存在するのでなく、ある生活場面を構成する関連し合った要素の一つとして存在するからである。
・(「生活場面を構成する関連し合った要素」。もっと磨き上げた表現はあるだろうが、概念自体は、本考察の鍵になるものと言える。)
・音楽が人に感動をもたらすことと、音のアフォーダンスは、無関係ではあるまい。明示的にある場面を音で表現する音楽は言うまでもなく、抽象度の高い音楽においても、ある音の配列、高さ、強弱の変化等は、我々の先祖を警戒させ、安心させ、喜ばせた、何らかの生活場面における音との類似性を持っているのではないか。
Subscribe to:
Post Comments (Atom)

No comments:
Post a Comment