サッカーは滅多に見ないがワールドカップは別。ここまで凄いと90分飽きない。
ところで、対オーストラリア戦の日本の崩れ方は、こんなこともあるのかと思うぐらいドラマティック(良し悪しは別に)だった。
川口の素晴らしいセーブで勝利を確信したであろう日本は、わずかに気が緩んだ、そこを突かれて同点になってしまい、一瞬虚脱状態に陥った、そこをまた突かれた。あの数分を描くと、こんな風に心の描写ばかりになる。だから、ドラマ。
一方、そのあとのブラジル対クロアチア戦だが、素人目には、終盤勝利を確信したブラジルが、少し力を抜いたように見えた。しかし、こちらは負けない。
力が抜けたのと、力を抜いたのの差?
日本の場合は川口の美技というきっかけがあって、選手の心理が極端に変化した。対してブラジルは、特にきっかけがあったわけではないから、そういう極端な変化はない。その差?
そもそも、こういうことを心理で説明しようということ自体妥当なのか?
考えてみれば、走り続けて筋肉が疲労し動きが鈍くなるのは生理で、信じがたいことが起こったため呆然として動きが鈍くなるのは心理、というような分け方自体それほど自明なのかどうか。
運動の結果心拍が増すのは生理、スピーチをする前に緊張して心拍が増すのは心理、とか、例は色々あるが。
後者の例で言うと、脳が心拍を増やすような出力を行う過程はたぶん同様なのだ。違うのは入力。一方は血中の酸素濃度とかなんとか酸のようなものを何らかの神経系の働きで感知する。他方は自分が置かれている状況という身体外のことを、単純な神経系ではなく、複雑な脳活動によって、感知というより理解する。
いや、身体外のことについての入力かどうかは重要ではない。気温が高くて汗をかくのは、身体外の状況が入力された結果であっても生理と言われるのだから。
となると、入力を処理する過程の違いで心理と生理は区別されるのだろうか。
日本チームの動きが鈍くなったのには、実はそれ以前の疲労の蓄積という要因も大きく働いているはずだ。それが、一つのきっかけで、急に顕在化した。そのきっかけ以前は、疲労を感知するセンサーからの信号がブロックされていたのかもしれない。
逆に、オーストラリアチームは、追いついた途端に動きが軽快になった。きっかけ以後、疲労を感知するセンサーからの信号がブロックされたのかもしれない。
疲労を感知するのは生理的過程で、それをブロックするのは心理的過程?
ちょっと飛躍だが、結局、生理か心理かは、入力の源が物理的あるいは化学的等のいわゆる科学的な方法で測定できるものか否かの差ではないか。
と書いた途端に別例が思い浮かんでしまった。「あの人のことは生理的に好きになれない」と言うことがあるじゃないか。好き嫌いは心理そのものなのに、生理を持ち出すのは、心理をうまく説明できないからとしか考えられない。
となると、生理で説明できないのが心理で、心理で説明できないのが生理?いやはや。
異性ににこっとされて赤くなる、これは心理?生理?
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