Sunday, June 11, 2006

場(2)

場には個性がある。
その個性が似ている場もあれば、大きく異なる場もある。

例えば、先日の割烹ではゆとりのなさと感じられたカウンターとテーブルの間隔、それゆえに生じたスタッフの窮屈な動きも、居酒屋なら問題にならない。隣の客と肘が触れるぐらいの狭さが、居酒屋の居心地のよさにつながる。スタッフが「すみませーん、通ります」などと言っているのが店の活気にさえなる。

どちらの場が優れているとか劣っているとかの比較は無意味である。

ただし、経済価値は異なる。たいていの場合、品のよい割烹は、賑やかな居酒屋より高い。
これは、原価の差に起因するのだろう。カウンターとテーブルの間隔をあけるにも、スタッフを増やして女将の顔にいつも微笑を浮かばせるにも、コストがかかる。器、調度、エントランスのデザイン、全て割烹は居酒屋よりコストがかかる。料亭はもっとかかる。
ちゃんとした京懐石を味わうには少なくとも1万5千円は必要だと、ネットのどこかに誰かが書いていたが、そうだろうなという感じはする。(ちなみに、例にとりあげた祇園の割烹は飲み物を加えても1万円しなかった。1万円未満で得られる食事の場の満足度としてはあの辺が限界かもしれない。)

特殊例も考えられなくはない。毎日毎日料亭で食事をするのが仕事のような人が、お金を出せば今日は居酒屋にしてあげると言われれば、料亭並でも払うかも。これは、自由を買ってるのであり、場の値段じゃないか。

場の価値を考える上で欠かせない例が茶の世界だろう。これは、次回。

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