遅ればせながら、梅田望夫の「ウェブ進化論」を読み終えた。
フォーサイト誌の連載で梅田氏の物事の見方にはいつも教えられていたが、今回まとまった形で読み、ネット社会の将来についてかつてなく視界が開けたような気がした。
オープンソースやロングテールについての理解も深まったが、なんといっても、グーグルがやっている「あちら側」のことがどういうことなのか、それによって世の中がどれほど変わるのか、納得できたことが最大の収穫だ。
一方で、グーグルの目指すことが本当に可能なのか、別の視点から考えさせてもくれた。
それを可能にしたのが、梅田氏が引いた将棋の羽生名人の言葉、「高速道路を走り抜けた先では大渋滞が起きている」。梅田氏はグーグルの価値を極めて高く評価しているが(おそらく日本で最も高く)、一方で、無批判ではなく、冷静に技術の全体像を見ている。
現在のコンピュータで高速化できる部分の先で、名人クラスの脳は働いている。その脳の働き方については今もって全く定式化できていないから、名人に到れぬ脳は渋滞してしまうということだろう。
グーグルが創造した世界最大のコンピュータは、今現在、世界中の情報を対象としてプログラムに従った自動処理をしている。それによる成果は途方もなく大きいが、それでもなお、その先に限界があるのではないか。梅田氏が、グーグルと羽生名人の両方をとりあげたのは、そういう予感を梅田氏自身否定しきれないからだろう。
かつて、コンピュータによる自動翻訳が発達すれば翻訳家や通訳は不要になるのではないかと考えた技術者が大勢いた。その後自動翻訳技術は大きく進歩したが、まだ、翻訳家も通訳も仕事を失っていない。私は、今後も自動翻訳が完全に人に置き換わることはないと思っている。レベルの高い翻訳は、双方の言語が根ざす人々の生活、文化を深く知らないとできない。生活していないコンピュータに、これはできないはずだ。
名人とコンピュータの将棋思考の差は、実は生活経験の有無だといっては短絡だが、何かそういう、人間と機械の根本的な差異に根ざすものだとは思う。
グーグルの限界も、そこから出てくるような気がする。
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