3年前とは全く別の会場だった。
ゲートから3号上屋まで徒歩10分と書いてあったが、歩き始めてすぐのボートの作品でいい気分になり、ひらめく旗はきっとビュランだと思ってガイドマップを見たらその通りなのでさらにいい気分になり、加えて、港の眺め空の青さともに申し分なく、実に快い10分(もっと短いと感じた)だった。
通常の美術館スケールを遥かに越える大倉庫2棟を使った展覧会。特に、天井の高さが圧倒的。
そうでなくても場を意識する現代アーティストに、「場にかかわる」というお題まで出したわけだから、スペースを活用あるいはスペースと対決する作品が多数。
即ち、目立った形態としては:作品の総容積がでかい、背が高い、色が派手、床に色々置いて回りを見させない、小屋のようにして客を二次空間に囲い込んでしまう、ぐるぐる歩かせる・上ったり下りたりさせる、などである。
奈良美智などは、囲い込んだ上に二階まで上らせ、さらに、屋外に出してしまうという徹底ぶり。小屋の板張りがいかにも川俣正好み。この辺のプランが功を奏したのかどうかは知らないが、奈良の得たスペースは今回最上といっていいだろう。板張りの一部を切り抜いた窓から飛び込んできた空と海とベイブリッジの美しさ!誘導されて出た屋外の爽快さ!
好きな作品、印象に残った作品をいくつか。
前述のボート。外観からの印象とは全然異なり、船内は居心地のいいリビングになっている。置いてあったシャンパン、夜開けるのだろうか。
らくだのシルエットが室内を歩く映像作品。キュート!
神村恵のダンスパフォーマンス。パフォーマンスによって、空の青さが際立った。最も場にかかわった作品と言えるかもしれない。
会場のあちこちに設置された双眼鏡。
近ければ、夜もう一度見てみたいのだが。
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来場者10万人を越えたという。現代アートの展覧会としてはかなりの数と思う。それでも入場料収入は最大1億8千万円。協賛を加えても支出を大きく下回るだろうことは明白。大部分は国際交流基金と横浜市の負担か。
入場料収入で採算をとろうとしたらこういう展覧会は不可能。誰が負担すべきなのか。公的負担はおかしいと考える人もいるだろうし、文化を育てることの長期的意義を考えれば負担は当然と考える人もいるだろう。
ぼくの頭の中の綱引きは、負担当然側優勢ではあるが、はっきりとは勝負がついていない。
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1 comment:
芸術の秋。(もう冬というべきでしょうか?)様々な展覧会やイベントを楽しもうと、そぞろ歩く家族連れやカップルを見ながら、平和であることの幸せを、思わずにいられません。
私は「ビエンナーレ」には行ったことはありませんが、torugonさんの巧みな文章のお陰で、自分も見に行ったような気分になりました。ベイプリッジから吹いてくるさわやかな風にあたった気がしました。
かつては、王侯貴族がパトロンとなって芸術家を育ててきたわけですが、現代では誰がその役目を果たすべきなのか。イチローのような莫大な収入のある人たちが道楽をしてくれればいいわけですよね。バブルの時代はメセナとかいうことが、言われていましたが、今はどうなってるのやら。
たぶん、展覧会自体は赤字だったとしても、横浜に10万人の人が訪れれば、街は潤う、そういう計算で、いいんでしょう。
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