親が子に示すべきものは、結局のところ、どのような姿勢で生きるか、ということにつきるのではないか。
親が意識しようがしまいが、子はそれを見て育ち、見習うにしろ反発するにしろその影響を強く受けるわけだから、「示す」というより、要は、親が子のためにできる最大のことは「自ら善く生きること」ということになるが。
ある生き方をしてその結果がどうだったか、功成り名遂げたか、ささやかなものだったか、あるいは失敗だったか、親の一生を振り返って子が思うことは、そういうことではない。生き方そのものが尊敬できるものであれば、子は親を立派な親だったと振り返ることができるのだ。
結果は、その時々の状況に左右される。運もある。成功の大小のみで生き方の評価はできない。人生経験を積んだ者にとってこれは当然の理だが、子が親の一生を振り返る際、結果はそもそも視野の周辺にしかない。中心にあるのは生き方そのものなのだ。
昨日、ある尊敬する方のご尊父の葬儀に参列し、故人の業績を称える弔辞と、生き方を振り返る喪主の挨拶を聞き、上のようなことを思った。
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