Saturday, September 03, 2005

流刑地

日経に連載中の渡辺淳一「愛の流刑地」にはあきれ果てた。ここまで薄っぺらな小説はそうないのではないだろうか。
今までも、あまりにも二人の人物、人生が書けていないとは思っていた。これではなんのことはない、ポルノ小説じゃないかと。いや、読者の情欲を刺激するわけでもないから、ポルノですらないと。
現在は、冬香の求めに応じて首を絞め、結果的に殺してしまうという大変な局面になっているわけだが、ここに及んでも渡辺先生の筆勢(?)一向に変化しない。仮にも他人の妻で子供が3人いるというのに、その相手の人生に全く思いが至らないなんて、現実離れの極み、こんな小説意味があるんだろうか。自分の人生は一つしかないから、架空の世界で他の人生を少しばかり生きて見るのが小説を読む喜びであり、そのためには、その架空の世界に奥行きとか陰影とかが必要だと思うのだが。絵画同様、何も描かなければ奥行きなど出るわけがない。

先生は、夾雑物を削ぎ落とし純愛を描いているんだ、これこそ現実では経験できない生のありようだ、自分は人間本来の純粋な生き方を提示しているんだ、とおっしゃるんでしょうがね。

企業経営者等でこの小説を読んでる人は多いようだから、日経は大きな反響があると喜んでいるかもしれない。とんでもない。ちょっとした気分転換に使っているだけ。同じ時間を費やすならもっと深みのある小説の方がいいに決まっている。
城山三郎、隆慶一郎等々の見事な連載小説を生んだ日経文化欄の伝統はどうなったと言いたい。色々問題があったようで未完となってしまった前回の「新リア王」の方が、遥かに日経らしい立派な小説だった。

ついでだが、作家菊治が冬香への献呈文とした「Fへ捧ぐ」もおかしいのでは。「Fに捧ぐ」だろう。

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